西川直人公式プロフィール

1979年7月2日生まれ。3歳ごろよりオルガンを習い始める。
高校時代にハモンドオルガンという楽器に出会う。
東京大学入学後、本格的にオルガンを佐々木昭雄氏に師事しジャズ研究会に所属する傍らライブ活動をする。
大学卒業後、オルガニストとして本格的に活動を開始し、ジャズだけでなくファンク、ソウル、ポップスなど様々なバンドのライブやレコーディングに参加する。
現在は高嶋宏(gt)、細野よしひこ(gt)、石崎忍(as)氏等のバンドをはじめ、太田雄二(gt)をリーダーとしたNO2というユニットや自己のトリオで都内を中心に演奏活動中である。
そのほか主な競演歴は中村誠一(ts)、大隈寿男(ds)、矢野沙織(as)、JiLL-Decoy association(POPS)など。
使用機材はHammond XK-3とLeslie 3300の組み合わせが主だが、状況に応じてPianoやSynthesizerも演奏している。
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西川直人非公式プロフィール
小さい頃から電子オルガンをやっておりました。
ですが習い事程度でした。
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時が経つ事約10年。
相変わらず習い事として続けてはおりました。
学校のクラスではピアノを習っている人は周りに多かったです。そういう人たちは教室においてあるピアノを得意げに弾いておりました。
でもオルガンを習っていてもピアノは弾けるはずもなく、さらに電子オルガンは世の女子がやっている率が高かったのでピアニストたちの得意げな演奏を指をくわえながらみつつ隠れキリシタンのごとくひっそりと暮らしておりました。
男子校なのでなおさらです。
思春期なので敏感なのでした。
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そんなある日後の師匠となる佐々木昭雄氏のジャズの公開レッスンのテープを聴き「これだ!オルガンの音しか出ないハモンドオルガンというものがある!」という衝撃の事実に気がつきました。
そこで隠れキリシタンをやめ、オルガンでジャズをやろうという気になりました。なぜならピアノは鍵盤が重たくて弾けなかったからです。
ちなみに納豆が食べられるようになったのもこの時期です。
あと豆腐とナスが好きでなかったのでマーボー豆腐もマーボーナスもマーボーだけしか食べないという困った高校生でもありました。
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無事大学受験も合格し、大学で一人前のハカセになるべくお勉強をしていたところですが、「やはり人前でかっこよくオルガンを弾けるようになりたい」と一念発起し佐々木氏にレッスンを受け始めたのでした。
その当時ジャズにはもちろん興味があったのですが、ジャズ研にいくかカラテカになるか真剣に悩んだ時期でもあります。
結局そのどちらでもなく「なんでもやるよ」的なフュージョンサークルに入りました。なぜかポップスのバンドでキーボード弾きました。初めてのバンド活動でした。初めてのB。
いま思うととてもぐだぐだな大学ライフです。
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そんなわけで月日の経つ事3年程でしょうか。
身の回りでは信じられないような愉快な事件が一杯起こりましたがここでは割愛します。たしか大学4年くらいからジャズ研にいくようになった気もします。まだ外でライブをするようなことはありませんでした。
さて大学卒業間近、ハカセになるために大学院の試験を「非常に優秀な成績」で、もう一度いいますと「非常に優秀な成績」で合格したのですが、いざ夢の研究をしてみるとどうもマニアックで肌に合わなかったのでこのままでいいものかと人生にに疑問を持ち始めてみました。
この年頃には非常にありがちなことだと思います。
そんななか友達やら先輩やらがお店でライブやっており、さらにプロとして活動している同年代のミュージシャンを見て「自分もあれくらいかっこよくなりたい」と思って大学院に行くのを進学手続き最後の日に決めて教授陣ほかいろんな人に迷惑をかけたのも勝手にいい思い出です。
その当時音楽の仕事など全くやれるレベルではなく、実際何も仕事なかったのですが、よくそんな状況で一歩踏み出してしまったことかと思います。
振り返って考えると無謀もいいところです。ある意味すごい。
ちなみにこの時期動物実験でつかった動物の慰霊祭に出てきたおまんじゅうを食べてみたところ、知らぬ間にあんこ系を克服しておりました。これでまた好き嫌いが一つ減りました。こうやって人は大人になっていくものと思われます。
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そして早いもので月日の経つ事あれから6年。
いまもまだぽよぽよしてますが、それなりにがんばっております。
かぼちゃも食べられるようになってきた気がします。
人生なにがあるか分かりませんね。
というわけでこの調子でなにがあるか分かりませんが、今のところの未来の予定は「日本の王」になれたらなあとちょっと願っております。なんの王かはわかりませんが、石油とか新聞とかそういうのもアリです。


